2010年10月13日水曜日

医様による、男女についてその3

46 :医 :2007/02/11(日) 10:46:10 0

ゴリラは、一頭のオスと複数のメスが、基本的な集団を作る。

ボスゴリラであるシルバーバック(父親)とその子供たちの関係は

思春期になって子供たちが集団を離れるまで続く。

息子たちは、シルバーバックと共に群を守り、シルバーバックが老齢な場合は

成熟した息子が集団に残り、しだいにシルバーバックに代わってリーダーシップをとるようになる。

しかし、息子が群を乗っ取ったり、シルバーバックに対して優位に振る舞うことはないため

シルバーバックがメスの支持を失うこともなく、死ぬまで群の核としての立場を維持できる。

まるで人間の父子関係を彷彿とさせるが、シルバーバックは、乳児にはほとんど関心を示さず

積極的に自分から世話をすることもない。離乳時期が近づいた幼児が

シルバーバックに関心を示すようになって、初めて子供との親密な関係が始まるのである。


乳児は次第に母親から離れ、年上の幼児たちと共にシルバーバックの側で過ごす時間が長くなり

完全に離乳する頃には、母子関係よりシルバーバックと子供の関係の方が密接に密接になっている。

こうして、子供の依存対象は母親からシルバーバックに移ってゆく。

シルバーバックは、メスが赤ちゃんを抱いて近づくことで、その子供の存在を認知する。

そして離乳期の世話を、母親から任されることで、子供を密接な関係を築いていく。

まさに、母子双方の働きかけによって、シルバーバックは子供との絆をつくってゆくのである。


母親が群から離れたり、死亡して孤児になった子供も、シルバーバックは優しく保護する。

まだ母親を必要とする離乳期に母親を失った子供を、シルバーバックは優しく自分のベッドで寝かせる。

孤児はいつもシルバーバックの側にいて、何かトラブルが起こると

シルバーバックの腹に抱きついて、不安を静める。

しかし、シルバーバックは孤児に特別目をかけて育てることはしない。

母親は自分の子供に味方する傾向があるが、シルバーバックは、特定の子供をえこひいきしないので

孤児も母親のいる子供も、対等につき合う事を覚えていく。

彼にとって、すべてが等しく自分の子供なのである。


47 :医 :2007/02/11(日) 10:47:35 0

こうしてみると、シルバーバックの存在は

「子供たちを母親の庇護のもとから引き離し、対等な社会交渉を学ばせる役割」を果たしている。


シルバーバックの庇護のもとで育った多くの子供たちは、思春期が近づくと

だんだんとシルバーバックと距離を置いて生活するようになる。

息子は次第にシルバーバックとの反発関係を強め、群を離れ、単独生活を行う。

しかし、息子と決定的な敵対関係に陥ることはない。

初期人類は、特定のオスとメスが、長期的な配偶関係を持つ社会から進化してきた。

そうであれば、初期人類にも、シルバーバックがもっている父性が存在したと考えられる。

母子関係を切断することが父親の一つの機能ならば、シルバーバックの行為を

父親の萌芽とも見ることが出来る。


そして、初期人類が持っていた父性とは、母親の育児の負担を減らす行動ではなく

子供たちを長期的に保護し、離乳期にある子供を母親の影響から引き離し

他の子供と対等なつきあいをさせ、社会化することだったのではないだろうか。


初期人類社会は特定の男と女が常に同居するような、閉鎖的な集団ではなかった。

人類は、霊長類が守ってる縄張りを積極的に解消し、異なる集団の同性同士の連帯を強めていった。

そのため、父性は同居や近接によってではなく、約束によって保証されなくてはならなくなる。

これが人間の父親の始まりだろう。こうして家族が誕生してくるのである。

初期人類が作り出した父親・家族という構造はいまだに私たちが捨てていないのは

この構造がいかに人類の文化のすみずみまで行き渡っているかを物語っている。


だが、現代ではほとんどの父親たちが経済活動に専念し、母子関係が濃密になってゆく。

本来母子関係を切断し、対等な社会関係を教えるべく登場した父性が、今その機能を失いつつあるのだ。

父性の喪失が、現代の様々な問題に関わっていると考えられる。


48 :医 :2007/02/11(日) 10:49:12 0

例えば、子供は必ず反抗期という時期を迎え、親から離れ自立しようとするが

肝心の親である母親側が子供と離れることができない。

いわゆるマザコンというものが存在する。そして現在の世の中はマザコンが多いと言われる。

マザコンというのは「息子が母親から離れられない現象」だと思われがちだが、基本的には逆である。

「母親が息子から離れられない」のである。

母親が反抗期のときに嫌われるのが嫌で、 何とか嫌われずに

自分にくっつけとこうとすると子供はマザコンになる。

反抗期は子供が自立しようとする成長の過程の一環であり、その時に引き止めるということは

自立してはいけない、と言っているようなものである。

マザコンが増えるということは、子供から離れられないべったりした母親が増えたということの証。


(一応言っておくが、女はマザコンだろうがファザコンだろうが批判されないだけ。

男ほど自立することを求められていないから。

類人猿の例を借りれば、男は育った群から離れ、自分で新たな群を作っていかなければいけない。

女は別に親から仕送りを貰ってようが、親と一緒に住んでいようが、

一緒に手を繋ぎながら買い物していようがたいして問題にされない。

少なくとも、男と比べれば歴然の差だ。

そもそも、女は男(夫)に依存できる)


父親を喪失し、母性に飲み込まれつつある恐怖を敏感に感じ取った子供たちは

その暗い闇の中で苦しむ。

父性がその本来の機能を果たせなくなったのは、単に父親たちが

経済活動だけにかまけているためだけではない。

社会約束として強化されてきた父親の役割が消滅の傾向にあるのだ。

しかしそれは、父親と同時に社会的母親の消滅をも意味し、そして「家族」という構造の消滅を意味する。

家族という構造は、父親の存在があってこそのものなのである。

果たして、父親、父性という存在はこのまま完全に消滅してしまうのか、

それとも原点を見直す時代がくるのだろうか。


49 :医 :2007/02/11(日) 10:52:30 0

恋愛というのは男と女のパワーゲームだ。

多くの場合初期段階に於いては、刹那的な性欲によって男は不利な立場にある。

その為男は釣り餌を惜しまない。 が、それはあくまでも初期段階。

恋愛初期段階に於いての性欲によるMotivatonを男は維持できない。なぜか。


男 は 同 じ 女 に は 飽 き る か ら だ


本来ヒト科の雄は多くの雌に種をばら蒔く本能を持っている。

当然といえば当然の事なのだ。

付き合いが長くなれば(短ければ一度のSexで)男と女の関係は、多くの場合同等、或いは逆転する。

そして女は不満を垂れる。

『男って釣った魚に餌やらないって言うけどホントよね!』

『男が優しいのって最初だけよね!』 と。


ずっと刺激的な関係でいたい、

結婚した後もずっと恋愛をしてる時と同じ気持ちでいたい、と言う女がいるが

そんなの無理に決まってる。


結婚をするということは、一生をともにするということだ。

妻を女として見ていたとしたら、同じ女と一生をともに暮らすなんて絶対できない。

つまり、初期段階の

「好きだ!好きだ!優しくするし、なんでもするし、なんでも買うからセックスさせて下さい」から

「誰よりも君が好きだ愛してる。優しくするしホテル予約したからセックスしようよ」から

「誰よりも君を愛してるよ。だからセックスしよう」から

「愛してる。そろそろセックスして寝るよ」から

「(ねえ?私のこと愛してるの?)ああ愛してるからさっさとセックスでもして寝るぞ」から

「(ねえあなた、たまにはセックスしましょうよ)いや今日はいいわ。チンコ立たん。」から

「オナニーの方が気持ちい」

といった感じに、恋から愛へ、そして愛情へと女に対する感情を変換させる必要があるのだ。

女に対する気持ちが愛情に変換された時、すでに男にとって女は家族の一員でしかない。

 
 
続きは、明日でよろしく。

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