2009年11月16日月曜日

おそらく孤独になるのが怖いから付き合っているだけだろう

おそらく孤独になるのが怖いから付き合っているだけだろう

877 :名無しさんの主張:2009/02/04(水) 07:22:47 ID:yXGZuH63
小学生の時、うっかりウンコを踏んでしまった奴はみんなから「ウンコマン!」と馬鹿にされた。
集団で、ミスをした人間を非難する。 踏んでしまった奴は可哀そうだが、こうすることで、集団の絆が強くなる。 さらに、人を馬鹿にすれば馬鹿にした側の人間は相対的に賢くなれる。
自分が本来馬鹿であっても楽に地位を得られるため、馬鹿であればあるほど止められない。
従って、靴を洗っても、新品に変えてもウンコマンの汚名は晴れない。
良心はあるが勇気のないその他大勢は、心にわだかまりを抱えながらもその状況を変えることができない。 そのため、自分に自信のない馬鹿(社会では最も優秀な人とされる)が作るルールはエスカレートしていく。
「ウンコマンは永久無視」 
「ウンコマンは全員のランドセルを持つ」
最終的に「俺はバリアあるから最悪ウンコ踏んでも大丈夫」という身勝手なルールを作り、彼の理想は完成する。
子どもの世界では親や先生というさらに上位の権力が介入して事態は収束するけど、大人の社会ではそうはいかない。
教育で「いじめはよくないことです」までではなく、「いじめてる人間をみんなで止めさせる」まで教えないと仕組みは変わらない。
そのためには前提として、「自分の良心に従って行動してもよい」という社会的な了解が必要。
日本にはそこがないから、知恵や良心ではなく、声のでかさや暴力で組織が動いていく。
なんか長くなってすまん…。
でも、協調性の暴力は思った以上に根が深いよ。
アメリカに負けても残った最強の民族性。

878 :名無しさんの主張:2009/02/05(木) 04:13:57 ID:HLzbmaYU
>>877 「孤独を恐れる」という消極的な理由でできた集団は
そうでもしないと集団の絆を維持できないんだろうな。
一見仲がよさそうに見えても裏ではグループ内の仲間の悪口を言っている人間も
おそらく孤独になるのが怖いから付き合っているだけだろう。
つまり協調性というものを絶対視しすぎた結果
上辺だけの形式的な集団ばかりができてしまって本心ではいがみ合っているような
希薄な人間関係になっていったという事だろう。

ttp://konzyou.blogspot.com/2009/11/blog-post_8942.html

子供のときも、そういうこともあったね。

鬼ごっこもそういうこともあるからね。

こんなことだから、白人に「日本人は12歳」って評価されるだろうね。

そして、黒人・土人に馬鹿にされ、中国人になめられる。

唯一日本のよい所を知っている朝鮮人でも、日本人の小馬鹿(嫌韓やネットウヨなど)によって、
近づき難く、距離を置いている。

美女がいないからかな......。

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